詩集「群れない猫」近日発行!

群れない猫

土屋容子の暮らしと詞花

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思った事は、現実化する!?


群れない猫 : 変身

 

⇈⇈⇈

添付した、ショート・ショートは「旧・群ない猫」(livedoor)に書いた作品だ。

この頃、ブログつながりから知り合ったエッセイストから、声をかけられ、私も商業誌デビューできるかもと、夢中になって書いていた。まだ、ネットで詩を書き初めて3年くらいの時だ。

 

今、群ようこ著「贅沢貧乏のマリア」を再読した事から、同じく、群ようこ氏の「れんげ荘」を読み。森鴎外の長女、森茉莉の関連本を読んでいる。森茉莉は、中年期以降、食べる為に書いた。弟、類の結婚により実家を出て、80代で亡くなる迄アパートでひとり暮らしをしながら、作品を残した。

 

私は、幼い頃から少し勘が強い子供だった。(母談)不思議な体験もある。

このショート・ショート、この数年の私の現実と、重なる部分が多いのだ。願望も含めて、。

 

今年、還暦を迎え。

この8月末、ほぼグレイヘア完成のごま塩頭のショートボブ。

 

大きな賞とは、縁がないが。

密かに、シニアからの受賞を目指す。物語が書きたい。ひとりでの暮らし。

 

ふと、この作を思い出した。

龍・グレイヘア・アパート。

人は、頭の中で思考した事は、現実可能なもの、。つくづく、これからは、ネガティブ思考は減らしていこうと、思った。

Y への手紙

「Yへの手紙」

 

こんにちは、お元気ですか

もう、貴女への賀状も出さなくなり

数年がたちました

今年も貴女からは来ましたが

貴女のアドレスや電話番号は

機種変更の時に削除しました

 

私は、今これまでの生き方を

振り返り、怒りの感情と向き合ってます

怒りや恨み嫉み、

その様な、負の感情に

若い時から蓋をしてきた付けです

 

私は、今でも私の失恋前後に同時進行で

同じ相手の誘いに応じて

デートを重ね

ついにはその相手のガールフレンドと

なった事が許せません

 

もう、時効のような過去

いや、そんな事など記憶にない事でしょう

 

何故なら、貴女もそいつにふられ

その後、私と会ったとき

「だって、むこうから誘ってきたんだよ」

と、謝りの言葉さえ口にしなかったのですから...

私は、怒りの気持ちを隠し

「お互い、あんな奴にふられて良かったね」

と、愛想笑いしてましたが、

私が貴女の立場なら

友人のボーイフレンドの誘いなど

お断りです

もしや、

私より優位に立ちたかっただけですか?

 

それからの貴女は、私に対して

敬語を使うようになりました

 

結婚、出産、子育て、

子供たちの自立

節目節目で、Kも交えてよく会いました

でも、貴女たちが、家を持ち

私が、鬱病になった頃から

かみ合わなくなってきました

 

転勤族で社宅住まいの私は

きっと、お気楽に見えたでしょう

 

でも、私は、難病の息子の介護、

高齢出産の次女と、長女の子育てで

毎日が必死。

そんな嫁に全く無頓着な夫の為に

縛りつけられている事も気づかず

ひとりで抱えて、精神の破壊が進んでいたのです

 

何故か、貴女たち会った後、

大風邪で、寝込みました

貴女たちの順調な幸せに

当てられたのでしょうね

 

さて、私は、数年前

詩集を自費出版し、

そのお知らせのハガキを送りました

なのに賀状でさえ、全くの反応なし

結婚式にも呼び、呼ばれ親友とさえ

思っていましたが、

冷めました。

売りつけるつもりなどありません

贈呈しても良かったのです

関心くらい示して欲しかった...

 

その後、電話で話した時

貴女の家族の話しに話題がうつった時、

「その事は、話したくありません」

また、敬語で返されました

私の心は完全にシャッターが降りました

もっと、オブラートに包むような

言い方もあったのではないですか?

 

これは、出さない手紙です

本音です

貴女にも、言い分はあるでしょう

 

人は、変わる、変わってゆく

本質は変わらない

 

私の本質は、リーダーではなかった

沈黙が嫌で、

色んな、クラスの役員に手を上げていた、

だけだったのです

 

それがわかって、

健康を取り戻しています

 

只、人の不幸の上に

自分の幸せを築く生活はしていません

 

もう、賀状は卒業しましたが、

来年も、送ってくるのでしょうか?

「今年は、会いたいですね」

それが社交辞令でなければ、

貴女から電話でもメールでも

してくると思っているのですが、

 

まぁ、私にさく時間などないほど

お忙しいのでしょうね

 

知人のYへ

 

 

ラジオ生活のすすめ

長い間TV を時計代わりにしていた。

昭和34年生まれの私は、TVっ子だ。

小学生の頃は、アニメ番組の時間は大体覚えていた。

 

ラジオ生活に移行して、3ヶ月が過ぎた。14年物のCD ラジカセ。そう、今また復活の兆しの"カセットテープ"も聞ける。リモコン付き。

以前の部屋は、受信状況がよくなかったが、私の部屋は、受信良好♪

今は、同じ局がAMとFMで聞ける。

 

朝は文化放送のFM に合わせ、起床と共にON。

8:30頃からTBS のAMにバウンドを変える。で、お昼の12:00頃からは、NHKのAM。

夕方から、再度TBS にし、夜8時以降は好きなCD を聞く。

なんか、独身時代に戻った気分だ。

 

新聞のテレビ欄も目が、下の段のラジオ欄に行くように。

ラジオは、家事をしながらも聞ける。意外と、関心のある内容は情報として頭に入ってくる。

 

ラジオ生活を始めて、創作意欲がわいてきた。詩の言の葉も降りてくる...嬉しい。キャパの少ない私の脳内は、情報過多だったのだ。

 

今の時代、スマホがあれば"ラジコ"で聞けるらしいが、私は、耳にイヤホンは苦手。

古いラジカセ(CDも)が、調度いい。

 

たまに、大画面TV を観る時は静かなNHK を選び、データ放送をON にして画面を小さくしてみている。(ラジオもTV と同じでCM になると音が大きくなる!!)

 

ラジオの利点。

ながら家事が、出来る事。

ラジオと新聞とスマホ

最近、ブログにでかでかと流れてくる、不必要なネットゴシップ記事も、クリックしなくなった。

 

自分に戻る過程

「自分に戻る過程」

 

かつて、自分はリーダー的位置が似合う

積極的で打たれ強い人間である

と、錯覚していた

かなり長い間

 

刷り込みだったのだと気づいた

 

ヤンチャしても許される兄を鏡に

自分は、親を困らせてはいけない

成績優秀を目指す

止められた事は諦める

 

そんな幼少期を過ごした

思春期には、兄は近づくのも怖い

存在になっていた

心配する両親を見ていた

 

私は、女としての完璧をめざす

明るいお嬢様に見える成人になった

 

嫌な部分、ヤンチャな面を

底に隠して

 

いい顔しか出来ない私は

攻撃的な性質持つ人たちの

標的になり続ける

反論が出来ない

内に溜め込んでしまう

 

休日は

倒れこむように眠る

それを母に責められる

 

ついに、下血が止まらず

入院

弱っていた私を

優しく包み込んでくれる、

かに見えた男と、家族になる

 

精神の闇

生命の魔

 

訳もわからず

困難な子育てを続けるうちに

うつ病になった

生命のSOS にも気づかなかった

そうゆう自分に、出来上がっていた

 

さらに20数年

 

時が来た

機能不全家族

だったと気づいた

 

今、

本来の自分に戻る

過程だ

 

 

 

イルカの瞳

「イルカの瞳」

 

イルカは、縦長の水槽にポツンと

いた

へその緒がついていた

 

大きく見えたが、

赤ちゃんだったのかもしれない

 

ベビーカーを押しながら

家族とはぐれた私。

 

静かに泳ぎ

物憂げに見つめてくる イルカ

 

ママだよ

ママ、疲れちゃったよ....

ソコに、居ることの意味さえ

困惑するほど疲弊していた

 

ただ、時間も忘れ

イルカを見ていた

つっと、

熱いものを頬に感じる

イルカの瞳もうるんでいる

 

月齢より大きな、元気な子

高齢で産んだ私の心は

壊れ始めていた

 

 

新しく生きる

「新しく生きる」

 

入院時 紙のように白かった顔は

赤みをおびていた

彼の首もとには、酸素吸入の為の

新しいホールが突き出ている

 

7月27日早朝、緊急入院した彼は

気胸と肺炎も併発。

鼻からの人工呼吸器では、タンがつまりやすく

いつ、呼吸停止してもおかしくない状況だった

 

出かける準備をしてると、私の電話が鳴る

不安をあおる電子音

彼の緊急入院を告げる内容だ。

直ぐに来られますか?

  はい、1時間ほどかかります

 

酷暑を避け、バスと電車で最寄駅に向かう

降りるひとつ前の駅で、又、電話が鳴る

  病院のひとつ手前の駅です

 

病室に着くと、鼻から直接チューブが入り

口にも太いのど奥下までのチューブがそうかんされていた

口いっぱいに押し込まれている

 

手術承諾の書類にサインする

もう私には、見舞うこととこれしかできない

あとは、祈り....

 

5日後、気管切開手術。

予定どうりに1時間半で病室に戻った

こころなしか、口元は腫れてみえる

部分麻酔なので、意識はある

医師が、名前を呼ぶ

「お母さん、来てますよ!」

彼の目は薄く開かれ、眼球が動いている

 

ガタン。

折り畳まれた簡易ベッドが床に倒れ

ふいに、大きな音がした

 

「よく、がんばったね」

彼は目覚め、目でうなずいた

私は満面に笑ったが、帰宅した

辛いのは彼、声帯を切られ声失った

 

数日たち見舞った

彼の顔はむくみがとれ

鼻筋の通った、本来の彼に。

手術前、鼻に呼吸器を入れていた

小鼻がふくらんでいた

今は、親ばかでオトコマエに見える

 

ヘルパーさんたちと

透明の文字盤と口パクで

意志疎通をとる練習を繰り返す、

 

生きるチカラを感じ

病室を離れ

私は、泣いた...

 

2018.8.16

 

 

 

 

 

てぬぐい、LOVE ♪

最近、てぬぐいにはまっている。

いや、もう生活のお供・必需品だ。

そう、あの昔ながらの、和てぬぐいだ。

綿素材の、端が切りっぱなし!

 

今までは、てぬぐいは半分に切り、キッチンで食器ふきに使っていた。

最寄りのスーパー西友で、品数は少ないが置いてあり、季節やその時の気分で購入していた。100均店舗でも、多種販売している。

だが、この100均てぬぐいは、柄は可愛いが、端がしっかり縫い処理されており、綿100%となっているが、目が粗い。

 

端が切りっぱなし!

これは、本来の和てぬぐいの良さだ。

きっちり絞れば、すぐ乾く。

この梅雨時でも。それに、愛用の西友購入のてぬぐい、約税込300円ほどだが、持ちがいい。色はあせるほどに、柔らかく手になじんで、使いやすく愛着がわく。

 

この300円ほどの、てぬぐいに出会うまでは、猫の絵画をネット購入した時のプレゼント品の「猫柄てぬぐい」と、墨絵師の江島恵(Ejima Kei)さんの、「墨絵てぬぐい」のみを本来の用途として使用していた。旅先でのお風呂用に、吸水速乾のスポーツタオルと一緒に、持参。これでシャンプー後のタオルドライも充分。(ゲストハウスには、必需品)

 

「猫柄てぬぐい」は、使いたおし、もう10年近いがまだ現役だ。(元祖猫商*丸山商店さん、ありがとう)

*これらは、雑貨屋で販売されている物と同じクオリティなので、1000円ほどだと思う。(税抜き)

 

今回は、季節の白地に水色・金魚柄と、笹ぱんだ(深緑)を購入。

(小紋手ぬぐい*日本製)

 

西友さん、2ヶ月ほど前は、てぬぐいが消滅?(多分入れ換え)で、がっかりしていたが、品数も増え、季節ごとに入れ換えしていくらしい。

同じ駅前ビルに、300均ショップも入ったし、お隣駅前西友には、オシャレな「セリア」が、2Fフロアの半分に入った!!

それに伴い、こちらの西友さん(ちょい大きい)も、売場をリニューアルしたと思われる。

 

てぬぐいの良さ、是非に見直して欲しい。

数年前、都内唯一の村、の温泉施設をゲストハウスに宿泊した時に利用したが、。

そこで、てぬぐい一枚で入浴していた、ご婦人に遭遇した!

てぬぐいのプロおばさんだ。

 

私も、そこに近づきつつあるかも、。

悠久の人

「悠久の人」

 

初めての海外への機内

鼻筋のとおった浅黒い肌の青年に

目を奪われた

襟の立ったアイボリーの長い上着

斜め前のその人を

ぼおっと眺めていた

40年後。

三渓園の寺という神聖な処で

いつまでも聴いていたくなる

声の詩人と出逢う

 

静かに、タゴールを語る彼は

母国では著名な人物。

なのに、

ただ、そこにいて自然

権威とは無縁な謙虚さ

 

一流のひと

いや、それさえも超えている

 

 

タゴールの愛した日本

彼の国から渡った

たくさんの文化、英知

 

 

悠久の国に学べ

そして、自国のそれをも、

 

宙(そら)に繋がったような

空間で深く呼吸し

体ごと開放された

 

 

*全人アーティスト

ニランジャン・バネルジー氏に捧ぐ

 

2019.6.21

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