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群れない猫

土屋容子の暮らしと詞花

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次女出産前後の記憶(いわゆる高年齢出産)

少しネガティブな部分が多いと思うので
苦手な方はスルーしてほしい。

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次女を生んだのは、38歳になる数か月前だった。長男11・長女8才。
8年ぶりの3度目の妊娠で、35を超えていたから、いわゆる○高である。
長男、長女を生んだのは20代後半から30歳だったので、
最寄の個人の産婦人科で出産した。が、○高ということもあり、
病院は、小児科もある市内の日赤にした。
自宅から、バスか電車と徒歩で行くには、1時間かからず妊婦の散歩にも
丁度よい距離だった。車は自分では運転して行かなかった。

この時期、筋ジストロフィーの長男はまだ車いすではなかったものの、
集団登校が困難になり、私が車で毎日送り迎えしていた。

母子手帳を見ると、22週の検診と時に、お腹の張り止めの薬が処方されている。
五か月を過ぎたあたりから、お腹の張りが多くなりそれをよく医師にうったえ、
「先生、入院させてください」
と、言っていたのを思いだした。
「息子さんたちを、みてくれる人がいればいいよ」
医師は、いつもそう返した。

実家の母は、両股関節が悪く、張り止めでがまんするよりほかはなかった。
いよいよ、お腹がせり出してくると、車を狭い駐車場にとめると、
ドアから出るのが大変だった。
朝、息子を学校に送り、帰ってくると訳もなくやるせなく辛くて、
涙が流れた。
妊娠によるホルモンバランスの崩れと、子育てや息子のことでかなり
精神もバランスを欠いていたのだと思う。でも、そのときは、
気づいてはいなかった。

張り止めの薬は、36週で中止になる。もう、いつ陣痛が起きてもいいという
事なのか…
でも、上ふたりは、予定日の一週間前には生まれていたのが、
次女は、予定日を過ぎても生まれなかった。
40週を過ぎると今度は、臍帯の状態を見る検査が加わった。

私の体調と裏腹に、次女はとても元気な赤子だった。
妊婦は、妊娠後期になると、もう仰向けでは寝られなくなるが、
横向きで寝ていると、まるでお腹をキックされたような痛みで
目が覚めるのことが度々あった。
娘が、お腹の中から、キックしていたのだ。
もう十分育ちすぎて、狭かったのかもしれない。

40週と四日で、次女は生まれた。陣痛時間はそうとう長く、且つ苦しかった。
体重が3754グラムもあったからだ。
助産婦さんには、
「こんなに、大きな子が入っていたら、なかなか出ないわね」
と言われた。臍帯は、もうお役御免状態で、ボロボロだったそうだ。

次女は、大きく生まれたおかげで育てやすく、すくすくと育った。
お兄ちゃんお姉ちゃんが、夕方の忙しい時間はあやしてくれた。
私も、仕切り直し家事と育児にがんばった。
入院中は、母が来てくれ。退院後、1か月、息子の送り迎えは
友人のFさんが、やってくれた。

が、出産後1か月の記録には、疲れやすく肩こりや腰痛がある。
と記されている。
そして、新学期1日目。学校から、連絡があり
「土屋君は、もう階段が登れません。車いすにしてください」
と言われた。
専門の病院へ転院したり、車いすを手配したりとバタバタした。
次女は、はいはいをし出した。ますます、目が離せなくなった。

私は、次女のおむつ替えのときにいやがり動く娘のおしりを
たたいている自分に気づいた。怖くなった。
自分から、精神科へ行った。

そして、この育児ノイローゼから、今のウツへと移行していった。

ウツ歴は、次女の年と同じ長さになる。
息子が中学になり、県立の養護学校に通う為、学校の最寄町に引っ越して
からは、医師に診断書をもらい、次女は、歩いて数分の保育所
3歳から4年通った。
でも、この時が私のウツの症状が一番ひどかった。

今の私は、○高ならず更年期の後半で、ウツだか更年期かわからない(苦笑)

現代は、核家族で、なかなか育児・子育ても手を借りることが困難な時代だと
思う(お金があふれるほどある人は別だと思うが)
社宅に住んでいた時もあるが、私は人に頼まれても頼むのが苦手なタチだった。

妊婦・育児の雑誌や本も読んだが。そのどれもが自分に全てあてはまるものでもなく、
違和感や罪悪感や無力感におちいることもあった。
人の身体はそれぞれだし、正解などあるはずもない。
でも、自分が当事者の時は、そう確信などできなくて、
右往左往していた。

なんとか、子供を傷つけず、自分もこうして今も生きて来られてのは
今で、我が家にかかわって来てくださった人たちのおかげであろう。

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